2007年07月24日

いつも帰るべき音

(この記事にあるCradle Songの演奏ファイルは、
左側のカラムの一番上に置いています)



**


出かける予定がなかったから。僕は久しぶりにアコギを手にとった。
日曜の午後。
家族は買い物に出かけていたから。
最近のブログは音も公開できることを思い立ったから。
僕は、パソコンの録音ボタンを押して静かに弾き始める。

ボロン ボン ボン ボーン・・

遅いリズム。
「性的な魅力のない音楽だなぁ」
失礼ながら、そんなことを思う。
岡崎倫典の"Cradle Song"。「子守歌」、という意味だろう。

録音していると思うと、単純なところでも間違えてしまう。
録音ボタンとストップボタンをカチカチとクリックする。


ボロン ポン ポン ボーン・・

もったりとした曲、なのだろう。たぶん。
ダサイ、のかも知れない。
でも僕は、数あるリンテン氏のギター曲の中で、この曲が一番好きだ。
多分それは、父親になったから。


やわらかいメロディをつむぎながら、僕は
いつもあるべき心の状態に戻っていく。
そして、またも気付く。

「このメロディは、子どもが寝ている状態で
その寝ている子どもに聴かせる曲なんだなぁ」

寝ている我が子に、語りかける、ということ。

情報伝達のためでなく
自慢するためでもなく
気を引くためでもなく。

ただ、寝ている我が子に語りかけるということ。
なんと不思議なこと。


何度も間違えてはやり直すうち、
僕のMACBOOKが、「時間切れ」とでも言うように
冷却ファンの大きな音を立て始める。
その音がしっかり録音されていく。

・・まあいいや。



そういえば、こんなことがあった。

娘がまだ小1のころ。

日曜日、この曲を弾く僕のそばに娘がいた。

よく晴れた午後。
娘は何やら手作業をしている。

遠くで子どもが遊ぶ声。
そして、僕のギターの音。
いつものように僕は、弾いているうちにちょっと切ない父親の気持ちになる。
娘は手作業を続けている。
黙って、集中して続けている。

『耳に入ってないのかな・・』

最後の音が減衰していく。
音が無くなってしまうのを待って、僕はギターをコトリと置き、娘をみた。
そして

「分かったかっ」

と、冗談めかして言った。

「うん」

娘は、一瞬僕の顔をみてうなづき、また何やら分からない手作業に戻ったのだった。
びっくりしてポカンとした僕の顔を取り残して。










ネコネンネ







posted by 白井麒麟 at 00:12| 東京 ☔| Comment(2) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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