2007年08月31日

サムズアップ


起動したばかりの頭でリビングに出る。
ソファに寝転ぶ息子。片手におもちゃの電車、片手は口に突っ込んでいる。指を吸うチュウチュウという音。よかった、生きてる。

「もう、つらかったんよ。何回も泣いて起こすんだから‥」
「熱は?」と僕。

三十八度六分、と妻は言いながらトーストの焼け具合を確かめている。

キッチンの換気扇。
白い煙を吸い込んでいく。
僕が吐き出した煙は部屋をふわふわと漂うこともなく、出した瞬間に騒音を立てる穴に集約されていく。そんなことを不満に思うくらい、僕の起動はノロく、鈍い。

『テイケツアツのせいだ』。

そうだ。よく考えれば分かるじゃないか。
寝起きがつらいのも、会社に行かなきゃいけないのも、エロいネットサーフィンにハマりそうな勢いなのも、みんなみんな、テイケツアツのせいだ。
僕はこの世のどこかにいる悪の権化テイケツアツをイメージしながら、そいつをにらみつける。


びゃーんっ


息子が、かばんを肩からぶら下げた妻にすがりついている。

「もう・・ママ遅刻しちゃうよぉ。
泣いたら、黄色い電車、買ってあげないよ‥」
「こら、そういうバーターすんなっ」

ちょっと偉そうなことを言ってみたりする。
以前だったら、するどい妻の眼力に打ち抜かれているところだが、
目下形勢は逆転している。

妻は泣き叫ぶ息子を僕に渡して、申しわけなさげな顔で「行ってきます」。

やれやれ。
渡されたわが子はひどく熱い。
肩でわんわん泣いているものだから、ワイシャツが・・。


「・・にしおかぁ、すみこだよ」

何とか気分を変えてやれないか、と思ってのことだが。

「朝からわんわん泣いているのわぁ、どこのどいつだい?」

無理らしい。

『泣いたら黄色い電車買ってあげないよ〜』
この場面でこれを言えたら俺すごい、と思ってふと笑う。


とにかくファミサポだ。

(保育園は熱のため預けられない)

連れていけば、きっと何とかしてくれる・・はずだ。
善の権化、ファミサポ。

息子に靴をはかせ、荷物を持って家を出る。

エレベーターを降りる。
何だか今日の風はやさしい、と感じる。

「ナーくん」

僕の肩でぐしゅぐしゅ言っている息子。

「ナーくん、五代雄介はこんなことじゃ泣かないよ」

五代雄介――。
もちろん仮面ライダークウガのこと。
もう何年も前のテレビだが、僕は最近でもDVDで繰り返し観ている。
もちろん三歳の息子にも押しつけている。

五代雄介は、困難なことも笑顔で乗り越える、簡単に言えばそんなキャラだ。
そして、その配役のオダギリジョーは、みんなを守ったあと、
いつもにっこりとサムズアップ、親指を立てるのだ。


「ナーくん、雄介は泣かないよね」

息子のぐしゅぐしゅが一瞬止まる。

「そうそう。その調子だよ」

息子は初めてこちらに顔を向ける。

「そうだ。ナーくん、今日バイバイする時に、サムズアップしようね。
やってごらん・・」


***


善の権化ファミサポ、つまり一時預かりしてくれる一般の民家。
スズキのおばあちゃんは本当に善の人だ。
無理を言ってすみません、と息子の靴をぬがす。

「いえいえ、いいですよ。じゃあナーくん、お父さんにイッテラッシャイって」


「イッデラッジャイ」


いつものふざけた調子で息子が言う。
ん? 何か違う。


「ナーくん、今日は違うだろ」


そう言って僕は、グッと親指を立てる。

息子は一瞬、びっくりしたような顔をしたあと、
泣きはらした目に不似合いな笑顔で
もじもじと、親指を僕に突き出した。




posted by 白井麒麟 at 13:28| 東京 🌁| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

「麻衣」に挑戦





何だかストレスがたまっているようで。

こんな時は、何かする。



昔…

テレビドラマの中の松田聖子は

「えいっ えいっ」とかけ声をかけながら

バットを持って素振りをしていたものでした(笑)



パチンコ?

酒を飲む?

お金もないし…


ギターを弾くのも面倒くさい感じがした。

でも弾いてみたら

やっぱり落ち着くのでした。



今回挑戦したのは、やはり岡崎倫典作曲の

「麻衣」。



キムタク出演の

「若者のすべて」というドラマで

挿入されていた曲。



川崎の工業地帯で、純粋に生きようとする

若者たちの姿。

その背景に…

煙突と

夕日と

この曲があった。







いつものように

数カ所間違えて

キリバリした

ローサクです(笑)




posted by 白井麒麟 at 18:40| 東京 ☁| Comment(2) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月22日

黒い十字架






N700




数週間前の東京駅。

短い帰省からの帰り道。
小五の娘がスイカ(JRのプリペイドカード)をなくした。

数分前の僕の言葉。

「ジーンズのお尻が入りにくいなら、
     かばんのポケットに入れときなさい」

そのかばんのポケットに、穴が空いていた。



**



昨夜、娘をしかり飛ばした。

夏休みの宿題を全然進めていないのに
SMAPのテレビを観るといって聞かないのだ。
娘は何度も嘆願し、玉砕し、泣いて、フテた。
そして、部屋にひきこもった。

今朝、寝起きがすっきりしなかったのは、
何となく解決感のなさを引きずっていたからかも知れない。
自分がそんな気持ちの時は、相手もそんなものだ。

「そろそろ起きろよ」

わざと、少し高いトーンで呼びかける。
娘の部屋に足を踏み入れる。
娘が長くなって寝ている。
その横の床には・・
身体は一瞬にして硬くなり、目は床の一点に釘付けになる。
そこにあるのは、黒い十字架だった。
割り箸で作ったらしい。
墨汁の入れものが近くに置いてある。

「おい、なんだこりゃ」

娘がのろのろと身体を起こす。

「・・地獄少女の・・真似。」

「・・それじゃあ、これで呪い殺すのか」

誰を、とは聞かない。

「そこまでじゃないけど・・」

不穏な感じを一時保留し、僕は、保育園用のリュックを背負った息子の手を引いて、玄関を出た。

「ママ(妻のこと)に言った方がいいかな・・」

息子を預けて通勤電車に乗り込んだあと、
僕は窓の外をぼんやり見つめる。
しばらく考えたあと、僕は妻には何も言わないことに決めた。
『これは、結果的に無用の心配をかけることになる』。
そんな風に思えたのは、僕自身の、とある記憶に行きあたったからだ。

そう。僕は、その十字架に見覚えがあった。
とても妙な話だが。



**


滑り台


ちょうど、娘と同じくらいのころ。
その夜、僕と姉は、きょうだい喧嘩をひどく父にしかられた。

中国地方の都市郊外の団地。
僕の家には、まだアルミサッシという近代文明が訪れておらず、
僕たちきょうだいの声は、近所にも大きく響いていたことだろう。
激怒した父は、僕と姉を庭の物置に放り込んだ。
そして、外側からガチャリと鍵をかけた。

「パパ、ひどおねえ?」

暗闇に目が慣れてきたころ、
取り繕うように僕が言う。
狭い。
さっきまで、喧嘩をしていた姉と腕が触れあっている。

「・・そ、そうよな。ここまでせんでもええのに」

姉も同調する。
同胞と化したおバカなきょうだいは、
しばらく、父を共通の敵にして時間をつぶす。
しかし、待てども待てども、父も母も一向に助け船を出す様子はない。

『もしかして、朝までこのまま・・』

そう思うと、物置の仮住居は一気に居心地の悪さを増す。

段ボール箱の角が腰に当たって痛い。
暑くこもった空気がからみつき、全身を汗が伝う。
もし戸の外に誰か知らない人がいたら、なんていう妄想・・

「パパッ! パーパッ!!」

呼んでも返事はない。
何度も、何度も呼ぶ。
物置の壁と、家の壁。
張り上げる声は誰にも届いていない気がする。

僕はいつの間にか、しくしく泣き始めていた。

気がつくと、姉が手に何か持っている。
どこから見つけたのか、それは黒いペンキとハケだった。

「こうしてやる・・」

姉は、段ボール箱にハケを滑らす。
それは、短い呪いの言葉だった。
暗闇に浮かんだ不気味なその言葉は、闇を一段と暗くした。

「お前もやれ」

ハケを姉が差し出す。
僕は、肩をヒクヒクさせながら受け取る。

『こんなことして、いいのかな・・』

どこかでそんなことを思っていたのかも知れない。
でも僕は、ハケを滑らせた。
横にスッ、縦にスッ・・

呪いの言葉の横に僕が書いたのは、黒い十字架だった。



**



『大丈夫。僕もあのあと、悪いことをしたと思ったし』

帰りの電車が家に近づくころ、朝と同じように、
僕はそのことを考えていた。
すると偶然にも、ある暗示的な事実に行きあたった。
それはまるで、黒い十字架が、白い十字架に変わるような、
不思議な連想だった。
そして、僕にとってはとても大切なこと。



チャーチ



それは、数年前。僕がまだ記者だったころ。
とある取材現場で聞いた、偉いシスターの講話だった。


  −−ある小さな男の子の話です。
  その男の子は、とてもおじいちゃんっ子で
  大好きなおじいさんにいつも遊んでもらっていました。

  ある日、男の子は食事の態度のことで、
  おじいちゃんに注意されます。
  男の子が素直に話を聞かなかったことから、
  おじいちゃんはその子をきつくしかりました。
  男の子は、大好きなおじいちゃんから否定されたことがショックで
  つい言ってしまうんですね。

  「もう、おじいちゃんなんか嫌いだ。
   おじいちゃんなんか死んでしまえ」


たくさんの目がシスターに注がれる。
聴衆はみな小学校の教諭。
カトリックの小学校での「生と死の教育」の研修会。


  −−そしたら、しばらくたって、
  おじいさんが本当に死んでしまったんです。
  おじいさんは、以前から重い病気を抱えていたんですね・・。
  ・・すると、その男の子はその日から、人が変わったように
  口をきかなくなってしまいました。

  「僕があんなことを言ったから、
      おじいちゃんが死んでしまった・・」
  「僕がおじいちゃんを殺してしまった・・」

  その子は、おじいちゃんの死、というものに責任を感じて
  誰にも言えないまま
  子どもなりの鬱の状態に・・なってしまったんですね。


教諭たちの、つばをのみ込むような音−−。


  −−小さな子どもというのは、現実と空想の区別が
  付きにくいんですね。
  ですから、みなさん。もしそういう場面があったら、
  きちんと教えてあげてください。

  「おじいさんが死んだのは、病気のせいなんだよ」
  「おじいさんが死んだことと、きみが何か言ったことは、
   全然関係ないんだよ」



**


僕は、思い出す。
黒い十字架を書いたあとの、あの気持ち。

夕暮れまでキャッチボールをしてくれたり
ドライブに連れて行ってくれたり
プラモ作りを手伝ってくれたりした
そのパパを
そのパパの命を、裏切ってしまったような
申しわけなさ。

三十年近くたっても消えない
申しわけなさ。


**





「あれ、どうなったの?」



家に着くといきなり娘がせっついてきた。

「なに?」
「・・スイカ。取ってきてくれた?」
「どうかな・・ジャンッ」

僕は、今日警視庁遺失物センターから引き取ってきたばかりの
スイカと定期入れを、かばんから取り出した。

「・・本当にあったんだ」
「・・」
「・・」
「おい」
「はっ?」
「お前、何か言うことがあるだろう」
「ああ。・・ありがとう」
「・・よし」

やれやれ。

黒い十字架を見つけてから、約十二時間。
この間に僕がどれくらいの心の旅をしたのか、
いや、せざるを得なかったのか
娘は知らない。

『パパは、案外疲れたんだぞ・・
こんな長文になるくらいに(笑)』


いや、娘は娘で、今日一日旅をしていたのかも知れない。
せっかくだから・・
旅をしてくれていれば、うれしい。







紫

posted by 白井麒麟 at 01:42| 東京 ☀| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

「遠くの空に消えた」を観て

牛のウンチに爆竹を仕掛けて路上に置く。
通りかかった人に爆発したのが飛び散って顔にかかる。
次々とかかる。
仕掛けた子どもたちは草むらから顔を出しニンマリ笑う。
そのシーンに、三歳の息子まで大笑いする。

大人にはなかなか思いつかない、いや、忘れている発想が
たくさん盛り込まれていて、観る者みんなが子どもに帰れる。



「遠くの空に消えた」



セカチューで有名な行定勲監督の最新作。
空港建設とその反対運動のある片田舎で、
子どもたちの姿を描いている。
少年は言う。
「起こそうぜ、奇跡。俺たちの手で」

家族全員満足の内容だった。



観たあと、一つのことが気になった。
それは父親の描かれ方。

空港建設推進の指導者として現地に入る一人の男。
何故か妻はおらず、唯一の家族である息子に冷酷。

主人公の少年は父親不在の家庭。後半に帰ってはくるが。

担任の先生は、金持ちの父親に政略結婚を無理強いされる。
「あの父のもとに生まれた時から、あきらめてます」

劇中に出てくる父親は、みんなどこか壊れている。
夢のある家庭、やさしい父親を唄った、少し前の映画とのギャップ・・

ただ、それでもみんな「うまくいって」いる。
悲壮感はまったくなく、逆に温かい空気さえ流れている。




この映画について
行定監督のインタビュー記事を読んだことがある。
「ボクと息子は、普段、交流がありません」
確か小学四年と書いていた。



「ただ、この映画を観せたら
『パパの作った映画で一番面白かった』と言ってくれました」



いつもベッタリいることと
関係がうまくいくこと・・
それは必ずしも一緒じゃないのかな、と。
そんなことを思ったのだった。





posted by 白井麒麟 at 22:12| 東京 ☔| Comment(0) | 感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

「道」を観て


昨日の直射日光には敗北した。

家族で訪れた海辺のプール。
工業地帯特有の臭気と突き刺さる日差し。
ものの二時間で根を上げて、家族の顰蹙を買ったのだが、
何とかヒリヒリ肌は避けられたのでよしとしよう。


二時間の間僕はほとんど泳がず、バスタオルを頭からかぶって
本を読んでいた。


岩井俊二氏の「トラッシュバスケットシアター」という・・
映画エッセイ的な本だ。
古い作品の所感がたくさん載っていて、観たこと無い作品が多いが
楽しく読む。
読み進めるうちに、どんどんその映画が観たくなってくる。



というわけで、今日TUTAYAで借りてきたのが表題の映画。




道


「道」
1954年・伊・フェデリコ・フェリーニ監督






一言で言うと面白かった。



原始の人とも言える中年男・ザンパノ。
粗暴さ、意地汚さ、ずるがしこさ・・
こんなにかっこ悪い、人間のむき出しの姿を
最近の映画はちゃんと描いていないような気さえした。
それくらいリアルな人間像。



ジェルソミーナは、純粋な子どものような娘。
二人はほろのついたオート三輪で移動する旅芸人。



この映画は、ジェルソミーナが主人公でありながら、
完全に男目線で描いたストーリーだ。

男から見た、女という存在。

いないと困る感覚。
うざったいこと。
よく分からないこと。
そして
失った時の深い悲しみ。

僕は、誰もがこの課程を一度は経験するのではないかと思う。


淀川長治氏が解説(DVDの特典)で述べていた。

「ここに男と女のオリジナルがあるんですね」


その通りっ、と思った。
髪の毛が真っ白になってもそんな風に話せる氏に感服した。






ラベル: イタリア映画
posted by 白井麒麟 at 23:40| 東京 ☀| Comment(4) | 感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゆりかもめの風景(Quick Time Movie)






「ゆりかもめ」に乗った。




てをつないで




東京タワーのシーンだけをアップしようと思った。
気がついたら編集して、2分くらいになってしまった。



そうなると音楽も付けざるを得なくなり・・
作った方がいいのは分かってながら。

映画「打ち上げ花火」のサントラから
REMEDIOSの An Evening Walkを拝借。





まっすぐ進まない「ゆりかもめ」は
同じところをくるくる回っているような気がして
普段はいらいらしたりするのだけど。


きっと、ビデオカメラを持ってたせい。











(Quick Time形式なので観られない方はごめんなさい)





posted by 白井麒麟 at 03:28| 東京 ☀| Comment(2) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月14日

ゲルマラジオ

アキバの街を走り回る。

ゲルマニウムラジオ。その部品を手に入れたい。
夏休みの自由研究のために。
秋葉原に行けば売っているとネットに書いてあった。

夕暮れ時、雑踏、メイド服の娘たち。
その中を小五の娘は無言でついてくる。

「ラジオデパートとラジオセンターのどちらでもあるよ」

まずはデパート。おじさんが親切に教えてくれる。
要するに「ここにはない」ということだった。

「センターにあると思うけど、7時にしまっちゃうよ」

そんなに早く閉まるのか。
時計を見ると18時50分。お台場冒険王で時間をとられすぎた。

横断歩道はやけに信号が長く、人がうじゃうじゃいる。
娘が赤信号をにらみながら足をトントン言わせている。

狭い通路。
わけの分からない小さな部品をこぎれいに整頓したような小店が
ぎしぎしに集まっている。センターとは店の集合体らしい。

おじさんが教えてくれた店。
店員が客と長話をしている。
機械の配線のことを口だけで説明しているものだから
要領を得ずなかなか終わらない。
しびれを切らし、話しかけてみる。

「すみません。ゲルマラジオの道具を売ってると聞いたんですが」

「・・うちにはありませんよ。そーね。
置いてる店も全部しまっちゃいました」

! まだ7時にはなっていないというのに・・
おじさんの眼鏡がいたずらっぽく光る。

娘と二人、舗道で途方に暮れる。
中古のDVDやら電子手帳やら。
店先から賑やかな音。

暮れかかった街のビルネオンをぼんやりと見る。
日本で一番の電気街。
僕が今ほしいものが一番手に入りやすい街。
それなのに、この街はまるで迷宮のようで
探し物が見つかる気がしない。

そうして、7時も過ぎていく。

「さっき、ガードレール飛び越えた人がいたね」
「コスプレの人っていうの? 初めてみた」

そういえば、娘は秋葉は初めてだった。

「・・行くぞ」

僕はもう一度センターに向かった。
別の店の軒先でお兄ちゃんが棚の整理をしている。

「すみません・・ゲルマラジオの・・」

振り返った顔は幼く、僕は頼りなく思った。

「ゲルマ・・ああ、無電源ラジオですよね。こっちですよ」

狭い通路を通って案内された先は・・
さっきの意地悪おじさんの隣の店ではないか。
確かにもう商品棚に布をかけて店じまいしている。

「おじさん、ゲルマラジオだって」

お兄ちゃんの声に奥にいたおじさんが振り向く。
ちょっと考えて、「その真ん中あたり」と指さすと、
また背中を向ける。
お兄ちゃんが布をめくると・・

「ああ、ありましたよ。
これがアンテナ、これがリード線とバリコン・・」

お兄ちゃんは、部品を一つひとつ手にとっていく。
ネットでみた通りの部品が、全部ある。


「ありがとう」

頼りなげに思ってごめん。

喫茶店に入ると、娘は
待っていたお母さんのところに行き、
アイスクリーム盛り合わせを注文した。
そして、初めてのアキバ探検記を興奮した様子で話していた。

僕は運ばれてきたメロンソーダに、娘の三つのアイスのうち
一つの半分を浮かべた。



posted by 白井麒麟 at 14:22| 東京 ☀| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月09日

ほんの数時間



「ありがとうございます」と、受話器越しに僕。
「はい」、というだけのあっさりした返事。

数日たって、約束の日。
その日は、太陽の光と肌の間に何もないような日差しの日で、
僕は黒いスーツの中身をびしょびしょにしながらその場所に着いた。

古めかしい洋館の玄関。
その女性は、黒っぽいポロシャツと白いデニムのタイトスカート。
少し青みがかった瞳が印象的だ。美人、なのだろう。
僕が大げさに「よろしくお願いします」と言うとやはり事務的に「はい」と答えた。

営業の仕事の中には「立ち会い」と呼ばれるものがある。
自社イベントなどのとき、担当者として現場にいるという業務。
様々な関係者の顔つなぎ以外にやることはほとんどなく、
それでもいないと困る・・そんな感じ。

「もう長いんですか? そうですか」

待ち時間、僕が何度か話しかけ、彼女が短く答える。
彼女のポートレートの背景に洋館の太い円柱が見える。
こういう場面の社交辞令は何だかぎこちない空気もともなうけれど、
そういう会話に助けられることも多い、そんなことを知る年齢に僕はなっている。
そして、そういう会話をしながら、ちょっとでも会話の奥に入っていこうとしている自分に気付く。
そう。
僕は彼女に興味を持ったのだろう。

**

空気を破ったのは、彼女の方だった。
二人で建物の裏まで物を取りに行く途中のこと。

「あっちぃぃぃ」

照り返すアスファルトを歩きながら、彼女がつぶやいた。
手で日さしをしながら。
「あっちぃね」と僕は答えた。

涼しい建物の中に入り、ようやく人心地がつくと、
ビリーズ・ブートキャンプの話になった。
彼女、母親、妹。三人で並んでやっているという。
メニューの一つの動作を見せてくれるのがうれしくって、
僕は「あームリだ。俺、お腹ぶるぶるのベルトにする」と言った。
彼女は大きな口を開けて笑ったあと
「ダメです。やせるのに苦労したという思いが、リバウンドを防ぐんです」
と真面目顔。

僕ははじめ「大人の会話」をしなくちゃと思っていたのだろう。仕事で来ているし。
でも今しているのは、そのイメージの「大人の会話」ではないし、
かといって「子どもの会話」でもない。
その空気がちょうど良くって、もし制約がなかったら
そのまま彼女をお茶に誘っていただろう、と思う。

**

僕の目に、急に部屋にある一つの窓が飛び込んできた。
小さな丸い窓の形と、そこに装飾された幾何学模様が、
外の景色を切り取っていた。
部屋は暗く、外はギラギラの日差しなので、
その景色はまるで漆黒の上品な額縁を施した絵画のように見える。
僕はその窓に吸い寄せられるように近づいていった。

「この窓、きれいですね」
「でしょ。自慢の窓なんです」

近くに寄った分、景色は広がりを持った。
まだみずみずしい緑色の柳や、アイスクリーム屋のカラフルな傘が見える。
僕は我慢できなってしまった。

「写真撮ってもいいですか」

**

ほんの数時間、一緒にいただけだった。
もう彼女と会うこともないだろう。
それなのに。
「ありがとう」に「はい」と答えていた人。
それなのに。

そのほんの数時間が
僕には、今年の夏のストーリーになった。
そして、今年の夏の一枚が残った。


美術館の窓




posted by 白井麒麟 at 01:51| 東京 ☁| Comment(3) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

おばあちゃん家


花と瓦

居間










中国地方の山奥の、僕の祖母の家
夏休みに駆け回った、僕の祖母の家










おばあちゃんの椅子

おばあちゃんの気配




古い人形


古時計









夏になると
また行きたいなぁと思うから
今年もやってきた



いとこたちとはしゃぎ回った日は
もう空のかなた
それでも・・?

















昔の・・











来年も
また来ますよ。
新幹線と車を乗り継いで。






蚊取り線香






posted by 白井麒麟 at 11:24| 東京 ☀| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

白い気づき




東京タワー近くの路上で途方に暮れる。
休日出勤して向かった先がお休みだった。
アスファルトとビルと、夏の太陽。
開かないビルの戸をにらんだ僕に迫ってくる。

「それなら、それで」

自動販売機の取り出し口に手を突っ込んでペットボトルのお茶をとり歩きだす。

久しぶりの一人の休日、にしよう。

愛宕山トンネルの脇。何やら階段がある。
木製の幅の広い階段は、山の上まで続いていて見ているだけで汗が噴き出しそうだ。
でも、登ってみる。プチ冒険気分。
小さな森を抜けると、今度は反対側に降りる階段がある。
狭くて角度の急なその階段は、それでも踏み出してみるとまるで
空中を歩いているような楽しい気分にさせてくれる。

「ラフマニノフのCDを買う。それも渋谷で」

僕はそう決めて、虎ノ門から銀座線に乗り込んだ。

土曜の昼。
すんなり座れた上、車内が狭いこの電車は冷房が良く効いている。
僕は身体の力をようやく抜いた。

向かいのおばさんの手が不自然に小刻みに揺れている。
中風かな・・
おばさんの手に注いでいた僕の目に、急に青い光が飛び込んでくる。
おばさんの肩越しの窓だ。

「東京の地下に海があって、そこをイルカが泳いでる?」

まさか。

それは、グアム観光の宣伝だった。
地下鉄の壁面を使った、イカしたパラバラ漫画。
普通と違うのは、絵の方をパラパラさせるのではなく、
主観、つまり僕の方が移動しているから動画のように見えるという仕掛け。


それをぼんやり眺めながら、僕は、一つのことを考える。

「そろそろ名前を付けたいな」

物に− でも、ペットに−でもない。
名前を付ける対象は、「一つの心」。
ここ数日考えている。いや、もう何年にもわたって考えていたのかも知れない。
それは、人をシアワセの方向に歩ませる心の作用。方法論、といってもいい。

不幸に見舞われた人を、たくさん見てきた。

人が変わったようにわがままになった人がいた。
ぐれる奴もいた。
手首を切って心の混沌を他人にぶつける人もいた。

「ルールを破ることでしか、心の安寧を保てない・・」
それは、怖いことなんじゃないかな、と思う。

再び真っ黒になった銀座線の窓を見つめながら、僕は名前を決めた。

白い、気づき。
これにしよう。

〜不幸を幸福に〜まではいかなくても、せめて〜破滅は避けられる〜はずの心の作用。
「限りある命」という宿命を背負いながら、それでも生きるために
太古ネアンデルタール人も、明石原人も、きっと考えた方法論。

白い、気づき。

感情をはき出したあと。
そんな気づきを持てる人に
なっていきたい。せっかく名前も付けたことだし。

「白い、気づき。それで、いい」

人混みの中で見るハチ公は
左の耳をぺこんと折っていて
それが何だか
僕にウインクしてくれているように見えた。




posted by 白井麒麟 at 03:01| 東京 ☀| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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