2007年08月19日

「遠くの空に消えた」を観て

牛のウンチに爆竹を仕掛けて路上に置く。
通りかかった人に爆発したのが飛び散って顔にかかる。
次々とかかる。
仕掛けた子どもたちは草むらから顔を出しニンマリ笑う。
そのシーンに、三歳の息子まで大笑いする。

大人にはなかなか思いつかない、いや、忘れている発想が
たくさん盛り込まれていて、観る者みんなが子どもに帰れる。



「遠くの空に消えた」



セカチューで有名な行定勲監督の最新作。
空港建設とその反対運動のある片田舎で、
子どもたちの姿を描いている。
少年は言う。
「起こそうぜ、奇跡。俺たちの手で」

家族全員満足の内容だった。



観たあと、一つのことが気になった。
それは父親の描かれ方。

空港建設推進の指導者として現地に入る一人の男。
何故か妻はおらず、唯一の家族である息子に冷酷。

主人公の少年は父親不在の家庭。後半に帰ってはくるが。

担任の先生は、金持ちの父親に政略結婚を無理強いされる。
「あの父のもとに生まれた時から、あきらめてます」

劇中に出てくる父親は、みんなどこか壊れている。
夢のある家庭、やさしい父親を唄った、少し前の映画とのギャップ・・

ただ、それでもみんな「うまくいって」いる。
悲壮感はまったくなく、逆に温かい空気さえ流れている。




この映画について
行定監督のインタビュー記事を読んだことがある。
「ボクと息子は、普段、交流がありません」
確か小学四年と書いていた。



「ただ、この映画を観せたら
『パパの作った映画で一番面白かった』と言ってくれました」



いつもベッタリいることと
関係がうまくいくこと・・
それは必ずしも一緒じゃないのかな、と。
そんなことを思ったのだった。





posted by 白井麒麟 at 22:12| 東京 ☔| Comment(0) | 感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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