2007年11月06日

ミーちゃん






ネコという動物とほとんど接点がない。



小さい時に飼っていたのはインコだったし、
子どもの涙目の訴えで飼ったのはハムスターだった。

「影丸と14匹の仔猫たち」という曲をギターコピーしながら
そんなことを思っていたら、
ひとつだけ、短いネコとの生活を思い出した。







影丸と14匹の仔猫たち
作曲/岡崎倫典
演奏/白井麒麟







それは、大学時代の僕の下宿。

京都市上京区のその安アパートで、僕は卒業論文を書いていた。
こたつに足をつっこみながら、夏の帰省の時に親父に借りてきた
ごっついワープロを叩いていた。


分かりもしないアーサーミラーの戯曲・・
タバコでも吸おうと窓を開けた時に、
部屋に入ってきたのが「ミーちゃん」だった。
「ただいまぁ」とでも言うように登場した珍客は
そのままワープロをよじ登り
ブラウン管モニタとプリンターのついた本体の上に横たわった。

見ると結構オバサンだ。
白い身体にところどころ斑点が付いている。
機械の熱が気持ちいいのか、まったりと収まっている。

「まあ、いいか」

僕はこたつに戻り、卒論の続きを打ち始めた。
時々、ワープロの上の毛をなでた。


**


ミーちゃんは、いつもふらりと現れて、ふらりといなくなった。

僕は当時大学五年目で、友達はもうみんな就職してしまっていた。
底冷えのする六畳一間で、一人でコンビニ弁当を食べ、
時々テレビを観て、時々就職した後のことを夢想した。
ミーちゃんが来るようになって三日目。
素足にスニーカーをつっかけた僕は、シャカシャカ袋に
初めてのキャットフードを下げて薄暗い玄関に帰った。


**


ある日、ミーちゃんは珍しく夜に現れた。

『おっ、来たな・・』

何だかいつもと様子が違う。


「!!」

よく見ると顔のあちこちが切れて血が出ている。
白く長かった髭もほとんど無くなるか切れ落ちてしまっている。

「誰がこんなことを・・」

僕は、もう慌ててしまって寒風の入る窓をぴしゃりと閉めると
ミーちゃんをこたつの中に放り込む。
そして、急いで電話をかける。


プルルルルル・・



当時の彼女は、大学の同級生、といっても
もう就職してしまって大阪の職場の寮にいる。
いつも夜半まで仕事をしている。


『なんてひどいことをするんだ・・
 絶対許せない』


受話器を握りながら
泣きたいような気持ちと
彼女が電話に出なかったらどうしようという不安で・・



プルルルルル・・



当時は、携帯電話などというものはない。
(そう言えば自動車電話というものはあったなぁ)



ガチャ


「もしもし?」


珍しく早く帰っていたという彼女は、
僕の慌てた声にびっくりしながらも
それは、人の仕業じゃなくて、多分ネコ同士の喧嘩であること
ネコの喧嘩はよくあることで、傷もすぐに治ることなどを
説明してくれた。


犯人を捕まえてとっちめることまでシミュレートしていた僕は、
力が抜けて床にへたばった。



**



「あの時のパパの声、聞かせてあげたいわ。
『ミーちゃんがっ、ミーちゃんがっ・・』って涙声で。
そりゃもうおかしかったんだから」


妻は今でも、時々夕飯のテーブルでそう話し、
勝ち誇ったような笑顔を僕と娘に向ける。



そう。当時の彼女は現在の妻である。


『長い付き合いの人がそばにいると、追憶に便利である。
ただし、相手からもたらされる記憶は、
都合のいいものとは限らない』

by白井 麒麟







ネコ目線







posted by 白井麒麟 at 21:59| 東京 🌁| Comment(12) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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