2007年07月02日

おばけ2




おばけが怖かった時代だが、そんな僕を震え上がらせたのが
一枚のレコードだ。


僕の家には、増築された洋間があった。
そこには、ソファとテーブルの応接セット
シャンデリア
クラシックのLPがたくさん入ったレコード棚
世界の文学全集のようなものと
そしてひときわ目を引くお父さん自作のどでかいスピーカーがあった。

「ペルシャ」という言葉を連想させる模様の壁紙。
畳に慣れていた僕は、その部屋が何となく近づきにくかった。

お父さんは、よくその部屋にこもってクラシックを聴いていた。
ベートーベンの7番が好きだとか何とか。
いつも音楽は相当大きな音だったのだが、
「2重のガラス窓にしているから大丈夫」とのこと。

そして、お父さんは時々いたずらをした。

「おい。この曲を聴いてみるか」

姉と僕を部屋に呼んだお父さんがレコード盤に針を落とした。
おどろおどろしい演奏が始まる。イントロに続いて歌が始まる。
英語の歌詞のようだ。

「これはシューベルトの魔王といってな・・」

説明によると、この曲は物語になっていて、
ある夜、男の子が高熱を出す。
外は雨。
父親は息子を馬に乗せて、遠くの病院に急ぐ。
その馬を悪魔が追いかける。男の子にしか悪魔は見えない。
悪魔は男の子に「こっちにおいで」と甘い言葉をささやきかける。
男の子は必死で父親に助けを求めるが、父親は相手にせず、
馬の操縦に専念している。

「ほら、My father! My father! と歌ってるだろ。父親を必死に呼んでる場面だよ」

お父さんは面白そうな顔でのぞき込むのだが、
その壮烈な歌声に僕はショックを受けて、怖くて反応できない。
見ると姉も同じ状態のようで、正座した足の上に拳を固く握っている。

そして、病院に着いた時には、男の子の魂は抜かれていた、
というところで歌はあっけなく終わった。
(子どものころの記憶を頼りに書いているので、
物語が本当かどうかは定かではない)



「・・もう一回聴くか」

お父さんは、返事を待たずにレコード針の位置をもう一度最初に戻すと
部屋を出て行ってしまった。

僕と姉は、もう二度と聴きたくない曲を聴くはめになった。
でも、怖くて怖くて、曲の途中でどちらからともなく悲鳴を上げて
部屋を飛び出した。

飛び出す時に、姉がシャンデリアのスイッチをOFFにした。
真っ暗な部屋に魔王の歌が鳴り響いている。
僕は、やはり二重になっている扉を、バタン、バタンと閉めて
音を封印した。

ところが、相手はレコードだ。ほおって置いて止まるものではない。
曲が終わったころに、僕はどうしようという目を姉に向けた。

「あんたが止めてきなさいよ」

残酷なことを言う。部屋を真っ暗にしたのは自分なのに!
勇気をふりしぼり、僕は二つの扉を開けた。

ポツッ ポツッ・・

暗闇のスピーカーが、レコード針が空回りする音を響かせている。

「My father! My father!」

壮烈な歌声がよみがえってくる。

「お父さん、止めて」

僕は泣きそうな声を出しながら、廊下をバタドタと、父の部屋に走っていった。


ラベル:魔王 幼少期 恐怖
posted by 白井麒麟 at 01:03| 東京 ☀| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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