2008年01月05日

カルタ






「何か正月らしい遊びをしようよ」



DSやら漫画やらで忙しい小五の娘が
珍しくそんなことを言う。



カルタを並べた床。
パパはここ、と娘に指定された場所に座る。



「門前の小僧、習わぬ経を読む・・」



バシっ



僕の手はかろうじて娘の下にあり
「も」の札を押さえていた。

「うぐぅぅぅ」

娘はのどを鳴らしながら
うれしそうに、悔しがる。



**



その昔。
ボランティア活動をするお坊さんを取材したことがある。


「仏教はお葬式をするだけのものじゃない。
世の中に役立ついい教えが、たくさん仏教にはあるんです」


仏教ホスピスに憧れて、最初にしたボランティアは
末期ガンの患者さんのベッドでお経を読むことだった。
ひとりの男性患者のもとにたびたび通った。
必要とされ、うれしかった。


「ご住職、お経のこの部分はどんなことを言っているんですか?」


答えられなかった。
住職然とした顔を崩さず、もっともらしいことを言うので精一杯だった。



やがてその患者さんは亡くなり、その息子さんが
「お世話になりました」と、一冊のノートを携えてやってきた。


「父は本当に仏教の教えに助けられました」


ページを開いて、顔が真っ赤になった。


そこには、びっしりと写経の文字。
そして、脇にはその解釈が、患者さん自らの勉強により
事細かに記されていた。



「・・自分が恥ずかしくて恥ずかしくて言葉が出なかった。
患者さんは、仏教の教えにすがろうと必死だったんです。
僕は、お経の意味など深く考えようともしていなかった・・」



もう一度仏教を学び直し、
格好をつけないで役に立つことをしよう。
そう思ったと言う。



**



お坊さんは、夏休みの親子をお寺に招いて
お茶会を開く試みを始めた。
対象は主に中学生。
ぎくしゃくした親子関係の助けになりたかった。


お茶会のルールは、親が子どもにお茶をたてること。

静まりかえったお堂の床に、親子が向き合って座る。

お父さんと息子は互いに一礼をする。
そして、お父さんが作法にのっとり
丁寧にお茶をたてていく。
子どもはその様子を静かに見る。


「どうぞ」


お父さんがお茶を差し出すと、
また互いに一礼をする。

息子がお茶を飲む。
父はそれを見る。


茶碗をひざに降ろした時の、子どもの顔。


お坊さんは、それがとても好きだという。


「親が子どもを見る時は、
その子の命そのものを見つめなければいけないんです」


俗人の僕には、お坊さんのその言葉の本当の意味を
いまだに分かってはいない。



**



「三回まわってタバコにしよう・・」



妻がカルタを詠む。

僕と娘が、目を皿にして床を見渡す。

時々三歳の息子が札を盗んで逃げる。

笑いが起きる。





二回戦目は娘が勝ち、僕が負けた。

何だか悔しくて、うれしかった。





カルタ




posted by 白井麒麟 at 06:32| 東京 ☀| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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