2008年01月28日

ひとつの終わり ひとつの始まり






イクスピアリの四階コート。訪れた闇のせいで、ミッキーのデザインとは裏腹にHOLLYWOOD PLANETの文字はどぎつい赤に光る。寒さを忘れようと、シャッターポイントを探してうろついていると、ヤツが現れた。

度のきついメガネに五分刈りの頭。畑仕事で鍛えたがっしりした身体。

「ごめんなぁ」

僕は十分、ヤツは四十分遅れてきた。

四十前の男同士。しかも従兄弟という関係。友達のようにつるむのは、おかしなことなのかも知れない。
昨夜、約三カ月ぶりの電話。

『なぁ、明日ライブいかへん? ○い×■△っていう・・ラテンの・・ちょっといい感じで・・。チケットがあるもんやから・・』
『へ?』

誘いはいつも急だ。それに、電話の声はとても早口で、何のライブか要領を得ない。久しぶりの電話に照れているのであろうヤツの顔が浮かぶ。僕はひとしきり、ふんふんと話を聞いたあと、『行こう』と答えた。
電話を切りながらちょっとひっかかった。ヤツは独り身で、しかも気持ちのいい男なので友達が冗談のように多い。なんで、僕なんだろう・・。

ライブハウスは黒を基調にした広々としたスペース。
すでにステージには、帽子を被った男とバックバンドがバラードを演奏している。黒く四角い空間が、薄いスモークの照明に切り取られている。

「地ビールをもらおか」

テーブルにつくと、メニューの一番最初にあった外国の地ビールを二つとサンドイッチを注文して、目をステージの帽子男に注ぐ。
不思議な男だった。クラシックギターをぶら下げてのボーカル、サポートメンバーはベース、ドラム、それにラテンパーカッション。

『和音楽器がナイロン弦一本か・・』

何だか心配になってしまいそうなバンド編成だが、それがいらない世話であることはすぐ分かった。アップテンポのサンバを歌う彼は、全身から声をふり絞り、何千回も弾いているかのように正確で力強いギターの音を響かせた。単純なラテンではなく、日本語の、ちょっとくせのある旋律。声とギターで十分だ。

向かい側に座るヤツを見る。右手と左手と膝を使って、パーカッションのリズムを刻んでいる。親指とそれ以外を別々に動かす複雑な所作。それをしばらく眺めているうちに、僕の気持ちはちょっとした気恥ずかしさから、少しの劣等感へと変化していく。そう。小学時代の夏休み、おばあちゃんの家で僕が怖くて近づけなかったヘビを、ヤツがつかんで振り回した時と同じ劣等感。

大学卒業後、ヤツは初めての会社をあっさりと辞めてしまい、ブラジルを放浪した。そして、片言のポルトガル語とラテンドラム、それに、彼の言葉を借りれば『細かなことにこだわらない』という実にうらやましい人生観を身につけた。

『向こうでな、世話になってた家族と旅行してたら、車の横腹に別の車がぶつかってきてな。ドッカーンって』

一年ほど前の居酒屋での、ヤツの言葉。

『相手の運転手も、俺らもカンカンに怒ってな。言い合ってたら、不意に誰かが
「これだけ大きな事故だったのに、誰も怪我をしていない。これはきっと神の思し召しだ」って言うたんよ。
そしたら、
「おお、神の思し召しだ!」ってなって・・
それで二台ともまだ動いたから「それじゃあ」って』

『旅行は?』
『もちろん。そのまま続けたで』

帰国してからも、ヤツはずっと走り回って、生きてきた。東北で農業を学び、東京で農業施設を運営しながら、「将来農業研修施設にする」という静岡の畑に毎週出かけ、種をまき、水をやった。かたわら、レストランのオープンを手伝ったり、雇われ先の食堂の切り盛りをしたりもしていた。ずっと動き回って。まるでラテンのリズムに刺激されるように。そんなヤツの毎日に、僕は東京への転勤により登場した。

小学生の僕たちは、夏休みと冬休みにしか会えない、仲良しだった。祖母の家で再会した時には、なぜか抱き合って喜んだこともあった。さすがに大人になってそんなことはできなかったが、僕はヤツが東京にいてくれることがうれしかった。お互いに仕事があるので時々ではあるが、ヤツの畑を手伝ったり、ライブに行ったり、居酒屋で飲んだりした。関東という初めての土地で、ヤツはただ一人の、心を許せる家族以外の人だった。

「赤坂のライブハウス行ったやん? あの時、本当に見せたかったのが、この人やねん」

ヤツが、帽子の男を指さす。男はパワフルに間奏をバッキングしながら、バンドのメンバーを紹介している。

「ああ! そうやったん・・」

思い出した。確かあのライブの後、ヤツは

『今日は飛び入りせえへんかったなぁ・・。めっちゃいいギターやから○ちゃんも気に入ると思ったんやけど・・』

と言っていた。僕はそれでもとても楽しかったのだけど、ヤツは結構残念そうだった。そして鈍感な僕はやっと気がついた。今日のライブを、ヤツは、僕と行きたかったのだ。『チケットがあるもんやから・・』なんて言うから騙されたけど、僕と行こうと思って予約までしてチケットをとっていたのだ。

「あのさ、○ちゃん」

十五分の休憩に入った時、ヤツはちょっと真面目な顔をした。

「俺、三月で帰ることになったから」
「マジで・・?」
「うん。やっと会社が納得してくれてん。向こうに農場作るって」
「・・マジで・・よかったじゃん・・」

それは、かねい彼が希望していたことだった。地元の関西の海辺に住んで、いつでも海に飛び込める生活。それが今までで最高の生活であり、もう一度帰りたい生活だった。だから喜ばしいことなのだけど。僕はショックを隠すのにちょっと失敗したかもしれない。

「あ、それでも東京にはさいさい来るで。会社がな、『週に二回来てくれ』って。それが条件らしいわ」

すごい条件だなぁと思うが、当の本人はさらりと話す。確かにヤツなら、やってのけてしまうだろう。会えなくなるわけではないと分かっても、僕はやっぱり寂しかったのだけど。

曲は、ちょっと切ない感じのスローナンバーに変わっていた。ヤツもエア・パーカッションをやめて帽子の男の声に身をゆだねている。

♪流れゆく 僕らは ただただ 歩き続ける
 踏みしめるほどに 遠く見える・・

そんな歌詞が胸に染みていった。

**

午後十時半の京葉線は、まばらな街灯を黒い車窓に流しながら進む。僕の指は、さっき言えなかった『おめでとう』の一言を伝えようとメールを打っている。電車が大きく揺れるたびに、集中力は途切れ、思いの先をたぐってしまう。

『何も残さない生き方』

そんな言葉が浮かんでくる。

『何かを形にして残したい』

思えば僕は、そんなことばかり考えて生きてきた。確かに、ヤツの作る野菜は消費される。帽子の男が全身のエネルギーで作り出す声も、一瞬にして消えてしまう。でも・・

目に見えて、残るもの
目に見えない、残るもの・・

『そんな難しく考えんでええやん』

真っ黒な車窓に、ヤツの日に焼けた人なつっこい笑顔が一瞬浮かんで、消えた。






花影.jpg







posted by 白井麒麟 at 00:08| 東京 ☀| Comment(2) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
従兄弟さんの生き方、素敵ですね。
足かせだらけの毎日を生きている私にはまぶしいくらいです。
でもそれを余すことなく伝えられる麒麟さんの文章力にもため息が出ましたよ。(~o~)
Posted by みかん at 2008年01月28日 00:47
みかんさんこんばんは。

ブログの調子が悪い麒麟です。
ステキなコメントありがとうございます。真似できないから、まぶしいのでしょうね。
そして時々、そういう人の生き方を見ることもいいことなのでしょうね。
人間、おもろいなぁ\(^_^)/


Posted by 白井麒麟 at 2008年01月28日 01:40
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