2008年04月12日

小さな分かれ道


男の子





「俺たちと一緒にやっていくつもりあんのか?」


一年前。
銀座の片隅のバー。
三十歳のSを前に、先輩と僕は酔っぱらった勢いで大きな声を出していた。
Sは何とも向き合っていないように見えた。
会社を批判し、上司同僚をナメ、仕事を逃れる毎日を送っていた。


「どうなんだ」


ボクサーのパンチに耐えるように、身体を固くしてうつむいたSからは
答えが返ってこない。

張り詰めた沈黙−−
僕はもう何杯目だか分からないハーパーソーダを口に含む。


「何か言えって。お前が一緒にやるっていうんなら、俺らは一緒に一生懸命やるよ。
でも、このメンツじゃイヤだってんなら、ここで言っといてくれ」


「その答えは・・」


Sの身体がようやく動く。
ゆっくりと前屈みの姿勢を直す。


「その答えは、今ここでは出せません」



**



あれからちょうど一年。
再び僕たちは、銀座の片隅のバー。


一年前と変わったのは、僕のグラスの中身がバッファローソーダになったこと。
そして、つい先日Sが、代理店からササれたこと。


『あの人を担当から外してください。
こちらでは会議の議題に挙げて、社の問題にしてもいいんですよ』


先方からの一言で、Sは長年担当してきたその代理店を外されることになった。
小さな分かれ道は、一年前にあった。


新しく来た上司は、「残念だったな。でもまたがんばろう」と言う。
Sは「ハイ、ガンバリマス」と応じる。
この一年でSのことが大嫌いになってしまった庶務の女性が
僕の隣でしかめ面をする。


迷いや夢があるのは、悪いことじゃない。
でも、勤務時間にまでそれを持ち込んじゃいけない、と僕は思う。


今度はどちらの道を選ぶつもりなのか。それが知りたい。
来月からSは僕とチームを組むことになるのだから。


「俺が何を言いたいか、分かるよな」


Sはちょっと緊張した顔でうなづく。


「俺は、お前が本気で相談してきたら、全力を使って答える。
もしそうしなかったらお前は俺をサシていいワ。
そのかわり、自分がズルするための相談はやめてくれ」


一番若い営業マンのIが、膝の上で拳をにぎっている。


「・・一からやり直すつもりがあるのか、ないのか。教えてくれ」


一年前を思い出すような張り詰めた沈黙。
「バッファローソーダのお客様」という店員の声が割って入る。


**


総武線の金曜日の終電は、まるで洗濯機の中だ。
電車が動くたびに、ドラムが回るように人が流れる。
その流れに身を任せながら僕は、見極めようとする。
屈辱の中絞り出した「あります」という言葉、
そして、さっき東京駅で「ウィッす」と言って手をあげたSが
久しぶりに晴れやかな表情に見えたのが
果たしてホンモノだったのかどうか。






タンポポ





posted by 白井麒麟 at 18:42| 東京 ☁| Comment(0) | あしもとの小さな音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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